手作りの科学としての夢研究No1

1. 夢科学の最前線?
 昨年末(2019年)にNHK Eテレの「サイエンスZERO」という番組に出演する機会があった(12月22日・28日)。
 夢科学の最前線というテーマで、私を含め4人の研究者が、自分の研究を紹介しつつ語り合うというもの。といっても他の御三方(広島大の小川景子氏、名大の山中章宏氏、京大の神谷之康氏)はバリバリ現役の実験科学者で、各自が実験風景のVTRを背景に語ったのに対し、退職の身ではそのような用意ができず、おのずとコメンターの役を振られることになった。けれど、そのような役回りに必要な話術の才もなく、スタジオでの収録は散々のできで、せっかく私を引っ張り出してくれた担当者には、迷惑をかけてしまったようだ。
 とはいえ、個人的には収穫もあった。手作りの科学としての夢研究という構想がそれだ。
 今回の番組の目玉はなんといっても、夢見時の脳活動のパターンをAIに学習させて画像化するという、情報科学の神谷氏の研究だった(ご本人は多忙ということで山中氏と同じくVTRのみの出演だったが)。コメントを求められて私も率直に、「すごい研究です。どんどん進めて行ってもらいたい」と言うほかなかった。もっとも、続けて、夢にも著作権があるから他人の夢画像は見たくない、といったことを付け加えたおぼえがあるが、さいわいというべきか番組ではカットされていた。
本音では、夢研究のビックサイエンス化への抵抗感があった。

2. 心理学もビックサイエンス化
 理科系大学で心理学を教えていると、自然科学にくらべて身近なことをやっているから親しみがもてるといった、(好意的に解すると)「好意的」な感想を寄せてくる学生がいる。
 けれど最近は、特に実験系は脳イメージングばやりで、めっきり先端科学・ビックサイエンス化の度合いを強めている。臨床系はどうかというと、国家資格の公認心理師制度の本格始動で、これまた専門性の壁を高くしつつある。
 大学を定年退職したのを機会に、これからは夢の現象学を開拓しようと思い立ったのは、「脳内実験室」とその延長の夢日記サイトという「仮想フィールド」さえあれば、研究が続けられると考えたからだった。といっても、「夢」はともかく「現象学」の方には、近寄りがたい印象があるらしい。番組の打ち合わせでも、現象学は名を聞くからにムツカシソウという理由で、敬遠されてしまったのだった。
 そんなムツカシソウな夢の現象学を、なんとか誰でも明日からできる手作りの科学に仕立て上げたいという、構想に拍車がかかったのは、正月にユヴァ・ノア・ハラリの話題作『21世紀の人類のための21の思考』 を読んだ時のことだった。ほかでもよく耳にする話だが、2050年には、ほとんどの仕事でAIが人間にとって代わり、わずかに対人ケアと創造性の分野だけが残されるという見通しが、分かりやすく展開されていた。
 
 3. AIではなく人間に残された仕事
 創造性の分野でいえば、すぐ思い浮かぶのが、芸術的創作と科学研究だろう。芸術の中でも音楽ではAIに太刀打ちできなくなるかもしれない(自作で申し訳ないが作曲経験ゼロでも聞くに耐える曲がAIを借りて作れたという例をあげておくhttp://fantastiquelabo.cocolog-nifty.com/blog/2019/04/post-f2c0.html)。とはいえ、小説の創作のような人生経験がものをいう分野では、まだまだAIの追随を許しはしないだろう。私自身、アニメやライトノベルの二次創作を始めてから知ったことだが、ネット世界には、「小説家になろう」とか「カクヨム」といった大手出版社が運営しているウェブ小説投稿の専用サイトがあって、ライトノベル系を中心に多くの投稿作品が無料で読める。投稿するのも無料で、おまけにアクセス数が格別多い人気作品には出版社が目を付けて、書籍化やマンガ化、アニメ化という、メディアミックス路線もひらかれる。
 多少文章に難があっても、キャラ設定や世界観設定が十分魅力的なら、力量あるマンガ家の手で、『転生したらスライムだった件』のような傑作に、それこそ転生することだってある。これからどんな傑作が生まれるか、楽しみな分野だ。
 とはいえ、小説創作には落とし穴もある。ごく少数の成功者とそれ以外との格差の激しいことだ。ウェブ小説投稿サイト出身でもベストセラー作家になれるのが現代というものだが、それには才能や努力だけでは説明できない、運というものがある。才能を信じて努力を重ねても認められるところとならなければ、せっかくの創造活動が運命を呪う結果に終わることだってあるだろう。
 
4. 京都アニメーション放火事件と小説創作の罠
 ここで思い出すのが、昨年(2019年)の7月に起きた、京都アニメーション放火殺人事件の容疑者のことだ。
 京都アニメーションでは、このところ毎年、小説を一般から公募しては年間大賞を選出し、アニメ化していたという。この容疑者も、数年前に応募して落選していたようだ。ところが、京都アニメーションのさる話題作を見て、どうやら自作を「パクられた」と思い込んだらしい。それが凶行の動機になったようなのだ。
 知り合いの精神科医の話では、剽窃妄想は非常に稀というわけではないということ。孤独で不遇な人生を歩んできた容疑者が、創作に興味を持ったはいいが、そこでもこっぴどく拒絶されたと思い込んで妄想を発展させるというのは、あながち突拍子もないストーリーとも言い切れないだろう(なお、この事件については、電子ジャーナル『こころの科学とエピステモロジーhttps://sites.google.com/site/epistemologymindscience/』2号(2020年5月5日刊行予定)にも、「京都アニメーションお別れの会参列記」(土居豊)が掲載されてるので参照されたい)。
 その点、創造性の分野でのもう一つの選択肢である科学研究の方は、努力がある程度は実を結ぶ活動だといえる。もちろん、運にも左右されるし、コミュニケーション力や人脈形成力の重要さは他の分野と同様だが、運の悪さとコミュ力の低さでは定評のある私でも「ある程度は」と言えるのだから、間違いないと思ってもらいたい。

5. 手作りの科学へのステップ1:夢日記をつける
 本題に戻るが、夢研究を「誰でも明日からできる手作りの科学」に仕立て上げるにはどうすればよいかの話だった。
1)夢日記をつける
まず、明日からでも夢日記をつけること。これならだれでもできそうだ。
 といっても、夢はすこぶる忘れやすいから、目覚めてすぐ書き留めるようにするのがいい。
 もっとも、多忙な社会人にそんな時間はないかもしれない。私が以前やっていた方法で、キーワード式夢想起法と名づけた方法がある。
 枕元に置いておいたノートに(スマホでもいい)、2語か3語、その夢から取った語を記しておくのだ。
 「宇宙人の侵略 海のそばのマンション 逃げ惑う」
 といった具合だ。
 そして、通勤通学の電車で、ノートやスマホを取り出してにらめっこしているうちに、忘れたと思っていた夢全体が、芋ズル式にズルズルと引き出されて来ることがある。それを書き留めるのだ。
 ただし、毎日記録しようなどとは思わない方がいい。ひと月に1、2回くらいでいいのだ。あまりのめり込み過ぎると、現実生活の方がおろそかになってしまう。よく、夢日記を付けると気が狂うといった都市伝説のたぐいを耳にすることがあるが、これは単に、熱心になり過ぎて遅刻常習犯になるなど不都合が生じる、というだろう。
 そうやって夢記録があるていど溜まったら、スマホや紙のノートに書きっぱなしにして置かないで、必ずパソコンに打ち込んでおくことだ。
2)夢データのウェブ公開
第二のステップは、サイトを作ってウェブ上に公開することだ(それも何らかの形で身元を明かして!)。私はブログを使っているが、ツイッターでもフェイスブックでもいい。
 なぜ公開するかというと、まず、公開することで自分の夢記録をおのずと何度も読み返すことになり、いろいろ新しい発見が得られるからという理由がある。
次に、公開することは自分の研究に責任を持つことでもある。だから本当に研究をしようとするなら、サイトも実名でなければならない。覆面作家というものはいても、覆面研究者というものはありえないのだから。
 また、最近は研究倫理が厳しくなっていて、薬の臨床試験のような侵襲性ある医学研究でない、心理学や社会学のアンケート調査のたぐいでも、所属の機関の倫理委員会に研究計画を提出することが求められている。自分の夢だからいいだろうと思っても、夢に実際の人物を登場させると、思わぬプライヴァシーの侵害や名誉棄損にさえ発展するリスクがある。そのための匿名化の処置も必要だ。また、絶対記録しておきたい夢なのに、内容的にアブナイ、という場合もあるだろう。そんなばあい、私は自分のブログの下書き機能を使って、とりあえず下書きのままにしておく
夢サイト公開の最大の目的は、夢記録を公共的にアクセス可能なデータ化することだ。(原理的には)誰でもアクセス可能なデータに基づくというのが、科学研究の最低限の要件の一つなのだから。
3)ドリームバンクの開設へ向けて
 自分の夢を公共性あるデータにすることによって、同じようにサイトに公開された他者の夢をも、自分の研究のフィールドとして使用する資格が得られる。その際、サイトの主の直接の許可は必ずしも必要ではない。引用元のURLとサイト主の名をしっかり記しておくだけで、十分だろう。
 そのようにして、夢データのネットワークができてくると、やはり、全ての公開可能な夢のテクストを集積して、だれでも研究に使えるような、ドリームバンクといったものが欲しくなる。そのようなドリームバンクは、カリフォルニア大サンタクルーズ校に実在している。夢の統計的研究の先駆者C.S.ホールが集めた夢を土台に、後継者のドムホフらが中心になって発展させた、2万例を越える夢テクストの集積だ。ただし、その八割は英語で書かれていて、残る2割がドイツ語だという。
 日本にもドリームバンクを開設しようという計画がある。岩手大学認知心理学者、松岡和生氏が中心になって開設準備に当たっているというから、来年あたりに実現するかもしれない。
 日本語版ドリームバンクができれば、自分の夢と他の人の夢との差異と共通性が手に取るように分かって来る。たとえば他の誰かになる夢をというものを見ることが私にはあって、十年ほどで20ばかり集まったので、「なぜ夢の中では他の誰かになれるのか」というテーマで論文を書いたほどだ[7]。ところが他の人に聞くと、そのような夢は見たことがないという答えが多い。そこで夢のテーマを調査した文献を探すと、たとえばカナダ人大学生では「自己変身夢(self-transformation)」を見たことのある率は18.3%であり、16にまとめられたテーマでは2番目に低い、という調査結果が出てくる。ちなみに最高は「墜落-飛行(falling-flying)」の85.2%、次は「追われる-恐怖 (chase-fear)」 84.8%であった。また自己変身テーマについて「自己像の不安定性もしくはフレキシビリティの疑い」(p.230)とコメントがあって、自分でも思っていたことと符合したので笑ってしまった。
 このように大規模調査データとの比較によって、自己認識を深めることもできるのだ。

6. 夢分析その1:ユングの物語構造分析
 そしていよいよ、夢分析にとりかかる。

<続きは「手作りの科学としての夢研究No2」

をご参照ください。なお、簡略版は、電子ジャーナル「こころの科学とエピステモロジーhttps://sites.google.com/site/epistemologymindscience/」第2号(5月5日公開予定)の「エディトリアル 手作りの科学としての夢研究」で読めることになる筈です。>