現象学は学問の自由と民主主義の原理である

■この記事はココログ版「夢日記思索幻想日記」 の2014年記事「現象学は民主主義の原理であるhttp://fantastiquelabo.cocolog-nifty.com/blog/cat7968652/index.html
同じく、2008年記事「チベット問題に寄せてhttp://fantastiquelabo.cocolog-nifty.com/blog/2008/04/post_88a3.html」の続編です。


1 はじめにー香港の情勢に思うこと
 これから学問の自由について思うところを述べるが、筆者は一介の心理学研究者に過ぎない。だから学問の自由とは何か、大学の自治とは何かといった、大上段に構えたような議論はできない。その代わり、個人として、長い研究生活の中で学問の自由が脅かされたと実感したいくつかの体験を、回顧するところから始めたく思う。けれどもその前に、筆者が現在、何を体験しつつあるかを、ぜひ記しておきたい。
 これを書き始めた二〇一九年十二月中旬。半年前から始まった香港の民主化運動のデモは、若者を中心にキャンパスにバリケートを築くなどして当局と激しい衝突を繰り返しながら、いっかな収束のけはいを見せない。つい一週前にはアメリカ議会が、「人権と民主主義法案」を可決して、明確に民主化運動の支持と、香港政府とその背後の中国共産党政府批判の立場を打ち出した。民主化運動の若者たちが勇気づけられたことは確かだし、少なからぬ日本人も、「さすがアメリカ。トランプ政権にも関わらずアメリカ民主主義の灯は消えていない」と思ったことも、確かだろう。
 このような国際情勢を見聞きするにつけ、筆者のように一九六〇年代後半から七〇年前後という、大学紛争の時期に学生時代を送った者は、ある感慨を禁じえないのである。
 それは、この半世紀で、「左―右」の構図が見事なまでに逆転した、という感慨である。大学紛争の時期にも、学生たちは激しい街頭デモをくりひろげ、キャンパスにバリケートを築いて警官隊と衝突を繰り返していた。まさに現在の香港の情勢と相似形である。違うのは、半世紀前には、学生たちの多くが毛沢東率いる中国共産党を民衆の味方と信じ、アメリカを、「日本独占資本」の背後の巨悪、「アメリカ帝国主義」と呼んで、打倒の最終目標としていたことである。
 いったいこの半世紀のあいだに何がおこったのか。人権と民主主義の「守護者」と「敵」とが、こうも見事なまでにひっくりかえるとは。まさか、その間に中国共産党が百八十度「変質」し、対するにアメリカが百八十度「悔い改めた」わけでもあるまい。
 そう。問題は、半世紀前の、いや日本の戦後を通じての学生運動のバックボーンになっていたマルクス主義と民主主義の関係を、多くの「知識人」が見誤っていた、という点にある。そして今でこそ思うのだが、左翼的学生運動が目標としていた「革命」が実現していたとしたら、学問の自由など吹き飛んでいた可能性が強いのだ。本稿の前半で、この可能性を暗示するような個人的な体験の実例を示そう。そして後半では、マルクス主義の世界観としての問題性が、存在非拘束性といった概念に代表される社会科学的還元主義にあることを示し、フランスの現象学哲学者ポール・リクールを援用しつつ現象学によって乗り越える道を示そう。
 だから小論のはるかに目標とするところは、民主主義の根本原理としての現象学の意義を明らかにするところにある。言うまでもなく、民主主義なくしては学問の自由もないのだから。

2 「人民の役に立たない学問は守る必要がない」という恫喝
 左翼的学生運動が最も高揚した一九六〇年代後半にタイムスリップしよう。当時の学生運動は多くの党派に分かれていたが、大きく日本共産党の流れを汲む民青(民主主義青年同盟)と、中核や核マルなどの反日共系とに分かれ、私のような非政治的な「一般学生」をターゲットとして、いわゆるオルグ活動(自派へ組織化する工作)を競って展開していた。その一派から、民青系だったが、最初の触手が伸びた。自派の組織する「反安保」の集会への誘いだった。私は、「君たちのめざす革命なるものには反対だから」といって断った。そして、将来、分析哲学を専門にするつもりだったので、分析哲学者のカール・ポパーを援用し、社会主義革命の必然性を説くマルクス主義の歴史理論がいかに疑似科学であるかを説明したあげく、「君たちの目指す社会主義革命が実現したら学問の自由は守れなくなる」と付け加えた。
 するとその、活動家学生は、聞いたこともない哲学者の名を持ち出されてやり込められた鬱憤からか、「人民の役に立たない学問は守る必要がない」と精いっぱい凄んで見せたのだった。私は、民青、つまり「民主主義」青年同盟という名の、衣の下の鎧をかいまみた気がして、首筋がヒヤリとした。
 また、こんなこともあった。その数年後、当初の予定を変更して大学院は心理学に進んだのだったが、理由の一つは自分の哲学的なテーマを心理学的に探究して見たかったからだった。この探究の成果は、四〇年後に実を結んで学位論文『自我体験と独我論的体験』(北大路書房、二〇〇九)になったのだが、それはともかく、心理学でも哲学に詳しいことになっているある友人に、「独我論的体験」の話をしたことがあった。
 「他人という他人は意識なきゾンビではないかと子どもの頃から思ってたんだ。なぜって、意識があるとは私であるということだろう。私ではない他人にどうして意識があると言えるんだい」といった具合に。
 するとその友人は、目の奥を黒光りさせて、こんなことを言った。「現代の資本主義のような人間疎外の社会では、疎外された人間はお互いを物化しあう。それで他人がゾンビに見えてくるのさ」私は絶句した。そしてまたしても首筋にヒヤリとするものを感じ、それ以上話をする気がなくなった。
その友人は外部から大学院に来ていて、前の大学では全共闘派の活動家だったと聞いていたが、メルロー・ポンティの話などもよくする「話の分かるヤツ」だったので、まさかその当時流行の疎外論であっさり片付けられるとは思わなかったのだった。

3 知を独占する権力の恐怖
二つのエピソードを通じて、私が首筋に冷たいものを感じたのは、マルクス主義という当時は「解放の思想」と信じられていたイデオロギーの、「知を独占する権力」としての素顔にふれたところから来ていた。当時、スターリン主義に対抗する「西欧型マルクス主義」のイデオローグとして尊敬されていた哲学者にハンガリールカーチがいるが、その中心思想に「虚偽意識」の説というものがある。日本を始め先進資本主義諸国で、マルクス主義の「労働者絶対窮乏化理論」が現実と背離していると誰の目にも明らかになりつつある時代に、この説は左翼的大学人や学生に大いに迎えられた。なにしろ、消費社会の進展のなかでどんなに「大衆」が自分を幸福だと感じて(その結果、選挙で自由民主党に投票し続けたとしても)、その幸福という意識は「虚偽だ」と断罪できるのだから。人の意識を虚偽だと断言するためには、どこかに「真実の意識」にめざめた人がいなければならないが、その真実の意識に照らせば、人間疎外が進行して心が絶対的に窮乏化している、と断言できるのだから(つい最近もそのようなことを熱心に説く教育学部社会学者に会ったことがある)。
他人の幸福にケチをつけてお前は本当は不幸なのだと決めつけるようなもので、ずいぶん失礼な話ではないか。これでは、南洋の島に押しかけて、あなたたちは神を知らないから不幸だと決めつけて改宗を迫った、昔のキリスト教の宣教師と変わらない。ソヴィエト型マルクス主義にも増して西欧型マルクス主義疎外論こそ、マルクス主義が科学を装った最後の世界宗教であることを如実に示しているのだ。まさに知を独占する権力の素顔である。

4 マルクス+フロイトの恐怖
現在ではかつての筋金入りマルクス主義者も、どんどん「リベラル化」しているではないか、と言われるかもしれない。たとえば、1970年代から(たぶん現在にいたるまで)、人文社会系の学問に影響力のあったフランクフルト学派というのがある。私ども心理学系では「フロイト左派」の呼称がなじみ深いが、精神分析家のエーリッヒ・フロム、全共闘派に人気だったマルクーゼ、社会哲学者のアドルノ―、そして今も活躍中のハーバーマス、といったところが主なメンバーだ。
フランクフルト学派とは、単純化していえば、マルクスフロイトである。虚偽意識といった説が出てくる元は、マルクスの存在被拘束性という概念にある。ひらたくいえば、存在が意識を決定するという人間観で、マルクス主義では資本主義社会に生きる私たちの「意識」を決定する「存在」が、資本主義的生産様式ということになる。けれども、それでは存在と意識の間の関係として大雑把な事しか言えないので、フロイト精神分析を持ち込んで、より細かく説明していくということになる。たとえば、資本主義的生産様式が男女の分業を生み、エディプスコンプレックスを生み、父の権威を内面化した家父長制的パーソナリティを生み、それが女性や社会的弱者への抑圧的態度を生み‥‥と続くわけだ。〈存在⇒意識〉という二層構造から、〈存在⇒無意識⇒意識〉の三層構造への発展である。私たち人文社会科学系で無意識のうちに採用されることが多い、反差別運動でもいまなお影響力を残している人間観・社会観かもしれない。
けれども、これでは知の独占者が一種類から二種類に増えただけである。マルクス主義者に加えて精神分析家が。これでは、自分自身の主観的経験の意味を知らない「大衆」を、知を独占した一握りのエリートが、意味を教えてあげることで支配するという、全体主義への傾斜をとどめることはできない。それどころか説明の網の目が細かくなった分だけ、かえって始末が悪い。マルクスフロイトの恐怖だ。

5 「リベラル」がそのままにしているマルクス主義負の遺産
 必要なことはまず、しっかりマルクス主義負の遺産を批判することだ。フランスは日本と同様、先進資本主義国の中では珍しく知識人の間にマルクス主義が定着した国らしく、たとえば社会学者のブルデュー(一九三〇-二〇〇二)の回顧によると、エコール・ド・ノルマルの同級生の中の半分はマルクス主義者だったという。そのフランスにして、フランス革命史の権威でフランス共産党員でもあったフランソワ・フュレのように、ベルリンの壁崩壊の後は、「なぜ我々はマルクス主義を、コミュニズムを、信奉していたのか?」の問いを真摯に求めて『幻想の過去―20世紀の全体主義』(楠瀬正浩訳、バジリコ、二〇〇七)のような大部の研究書を出す知識人が出ている。日本では残念ながら、そのような仕事は早急には期待できない。
 さらにいえば、オルタナティヴを呈示しない限り、日本の大学人やマスメディア関係者は、「リベラル」を自称したとしても、いつまでもマルクス主義という卵の殻を知らずしてお尻につけたままになってしまう。「左」が正義で「右」が悪だという、ベルリンの壁崩壊以前の硬直した価値観を引きずったまま、時代に取り残されてしまう。そして、「リベラル」の衣の下に「左翼」的な鎧をどうしても感じ取ってしまう人々は、選挙のたびに自由民主党に投票することをやめないだろう。

6 現象学こそ民主主義の原理である
 オルタナティヴはあるのか。ある。それが現象学だ。リベラルな自由主義的民主主義の基礎としては、フランクフルト学派などよりフッサールの創始した現象学こそふさわしい。
 フッサール現象学はそのままでは難解なので、ここではフランスの現象学者リクールが、先にあげたフランクフルト学派ハーバーマスとの論争のなかで鍛え上げた思想をもとに、重要なポイントを一つだけ取り上げておこう。
 それは現象学では、マルキシズムの存在被拘束性に代わって、視点被拘束性という考え方を取る、ということだ。
 なるほど現象学でも、私の意識が最初から自由で中立的とはいえず、拘束されていることは認める。けれどその拘束性は、私が直接意識できない生産様式や無意識のコンプレクスに由来するのではない。私が特定の国や民族や性別に生まれ落ち、特定の歴史的文化的状況にすでに投げ入れられていることに視点拘束性は由来するのであり、これは誰でも意識しようと思えばできることなのだ。
 じっさい、社会科学者や精神分析家のような「専門家」に教えられずとも、視点拘束性を克服する手段は、誰にでも与えられている。それが他者の視点を取ることだ。友人と話していて(年齢性別職業国籍などが違う場合は特に)、私がこの友人に生まれたとして世界はどのように見えているかを想像するだけで、視点は広がる。これを現象学では、ガダマーの言葉を借りて地平融合という。「地平」とは、特定の視点から見られた世界のことである。自分の地平と他者の地平が融合して、物事をより広く多面的な視点で見られるようになるのだ。
 地平融合は、他者と対話することだけで起こるのではない。文化や時代の異なる書物に触れただけでも、起こることがある。とりわけ世界文学に親しむことは有効だろう。教養の原点はやはり文学であると思う。何百年も前の地球の裏側で書かれた(年齢や境遇や性別や言語も異なる)作者によって書かれた作品を、翻訳を通じてさえも主人公と一体となって喜怒哀楽をともにできるなんて、文学とは何と不思議な時空を超えるタイムマシンなのだろうと、つくづく思うことがある。
 そして、私の視点、私の地平と、あなたの視点、あなたの地平の間には、優劣の関係は一切ない。すべてが平等な、フラットな関係なのだ。
 なるほど私だって、過去にはマルクスフロイトを読んで感銘を受けた経験がないではない。けれどもそれは、歴史法則といった「客観的真理」に触れて自分のそれまでの意識が「虚偽」だったと悟ったというような感銘とは違う。マルクスフロイトの地平と自分の地平とが地平融合を起こし、物事を今までよりも多面的にみられるようになった、ということなのだ。
 そもそも現象学には「虚偽」と「真理」の区別はない。そのような区別をするには神の視点を必要とするからだ。あるのは見方が一面的か多面的かの別だけだ。そして、より多くの視点を取り込むことでより多面的な見方ができるという、地平融合への無限のプロセスは、誰にでも、今、すぐ、ひらかれている。
 長くなるので現象学の解説はこれだけにするが、現象学こそ民主主義の基礎とするにふさわしい考え方であるという、一端が少しでも伝われば幸いである。
 自由と民主主義の原理としての現象学の構築は、始まったばかりである。

付記 現象学についての参考書を最後にあげておく。ラングドリッジはイギリスの臨床心理学者で、現在はゲイの公民権運動の理論化に努めている。私はこの訳業を通じ、左翼=マルクス主義負の遺産を徹底的に批判しつつ、リクール現象学を土台として人間理解の方法を展開するというスタンスを学んだのだった。なお、ラングドリッジの方法を今日の日本の問題に展開した拙論も、参考書に入れて置いた。


・ラングドリッジ著『現象学的心理学への招待』(田中彰吾・渡辺恒夫・植田嘉好子/訳、新曜社、二〇一六)

・渡辺恒夫著「コミュ障(人づきあいが苦手)の批判的ナラティヴ分析:インタヴュー事例事例に基づく当事者視点の研究」『質的心理学研究』18:176-196.