手作りの科学としての夢研究No2

6. 夢分析その1:ユングの物語構造分析

 そしていよいよ、夢分析にとりかかる。

 一般にわたしたちは、なぜこんな夢をみたのか、その意味を知りたい、と不思議に思うところから、夢に興味をもつようになることが多い。フロイトユング深層心理学的な夢分析は、まさにそのような自然な問いに応えるべく、考案されたといってよい。

けれども、ちょっと待ってほしい。そもそも夢の世界とはどんな世界かが分からないままで、夢の意味を知ることができるのだろうか。現実の社会を生きて見ない限り、その意味が見えてこないのと同じく、夢という世界を探検することなくして、夢の意味は見えてこないのではないか。

とはいえ、夢世界の探検といっても、何をどうするところから始めたらよいか、見当がつかないかもしれない。そこで推奨されるのが、夢の物語構造分析だ。

この分野でもユングは第一人者だ。ギリシャ悲劇の構造分析を行ったアリストテレスの『詩学』に学び、ユング[9]は、夢を四幕劇として理解することが夢分析の第一歩だとする。

・序幕 提示(opening exposition phase)――場所、主人公、(場合によっては)時間の指示から成る。しばしば夢見者の最初の状況を示す。

・第2幕 展開(development of the plot)――緊張が高まり夢の中の状況が複雑化する。

・第3幕 クライマックス(culmination)――何か決定的なことが起こるか事態が完全に変化するかする。危機(crisis)とも言う。

・終幕 終結(solution or catastroph)――解決(もしくは破局)を表わすが、往々にして欠落することもある。(pp. 80-81).

 実際に4幕劇の構成になっているかどうか、自分の、それも最近の夢で試してみよう。

事例1 「T大学そばの二階寝室の夢」
2019年11月10日(日)。朝。ザワザワと賑やかな世界にいた。最後の場面しか思い出せない。

<夢内容>
T大学のキャンパスを窓から見下ろすマンションの二階が寝室になっていた(事実ではない)。そこから、何かのイベントで人が集まって来るのを、眺めていた。朝だった。
トイレに行きたく、シャワーも浴びたいので、寝室内で済ませてしまおうか、それとも階下へ行くべきかと考えた。
すると、後者の考えが即、現実化し、階下へいった。母が起きていた。
そしてすぐ、二階へ戻った(考えただけで、即、瞬間移動した)。
<後記>それが、思い出せる全てになってしまった。目が覚めた当時は、もっと前まで憶えていたはずだったが、ベッドの中で15分ばかりグズグズしているうちに、忘れてしまった。

 夢内容を見ると、なんとなく4幕構成に分析できることに気づく。つまり、4段落に分けて記述されているが、その4つの段落が4幕にぴったり符合するようなのだ。

・序幕(提示)二階寝室からT大キャンパスを眺めていた。
・第二幕(展開)トイレに行きたいシャワーも浴びたい。寝室内で済ませてしまうか階下へ行くか考えた。
・第三幕(クライマックス)後者の考えが即、現実化し階下へ行くと母が起きていた。
・終幕(終結)すぐ二階へ戻った(考えただけで即、瞬間移動した)。
という具合である。

 ここで、冒頭に「最後の場面しか思い出せない」とあるからには、この夢はもっと長い夢の一部であって序幕や第2幕は忘れられているはずなのに、この部分だけで4幕構成が成立しているのはふしぎに思われる。これについて私はこう考えている。夢というものは物語の形式を取らない限り、回想され報告されることはない。逆にいえば、長い夢の最後の断片だけが回想されるとしても、それは常に、4幕劇という物語形式を取らざるを得ないのだ、と。

7. 夢分析その2:異世界分析

 4幕劇という物語構造が分かったとして、次に行うべき夢世界への探検が、夢の異世界分析である。

 聞きなれない言葉と思うが、これは、近ごろ大きな本屋に行って、コミック・ライトノベルのコーナーに、異世界転生ものが多いことで思いついたものだ。すでに例をあげた『転生したらスライムだった件』がその代表作で、主人公は現実世界では事故で死ぬが、気がつくと異世界でスライムとして生まれていた。どうして異世界と分かるかというと、自分がスライムになっているのに加えて、ドラゴンやらゴブリンやらが出てきて、現実世界ではあり得ないことが次々と起こるからだ。

 夢を見ることもまた、一時的な異世界転生と考えることができる。だから夢の異世界分析とは、夢のなかから現実とは違ったところ、ありえないところを見つけ出すのがその第一歩ということになる。順序を追って見ていこう。

1)序幕:「二階寝室からT大キャンパスを眺めていた」勤務先だったT大学のキャンパスを見下ろすマンションに住んだことはなく、現実とは違っている。

2)第二幕→第3幕への移行:「それとも階下へ行くべきかと考えた」→「すると、後者の考えが即、現実化し、階下へいった」。夢の記述にもすでに解釈が織り込まれているが、階下へ行くべきか考えただけで階下にいる。これは、思っただけで目的の場所へ瞬間移動する魔法みたいなものである。

3)第3幕:「階下へいった。母が起きていた。」母は8年ばかり前に物故している。物故者が生きている。ちなみに前述のカナダ人大学生の調査では、物故者が生きて出てくる夢は38.4%が経験ありと答えている[8, p.217]。

4)終幕:「すぐ二階へ戻った(考えただけで即、瞬間移動した)。」これも記述中に解釈を織り込んでしまったが、考えただけで瞬間移動する魔法というわけだ。

8. 夢分析その3:現象学的分析

 いよいよ現象学的分析に入る。難しそうだが、要は、現象学によって発見されている「夢世界の原理」を使って分析してくれ、ということだ。

 夢世界の原理を以下に掲げておく。

<夢世界の原理>(下記の参考文献『夢の現象学・入門』P.23を元に作成 )

①現実世界では、想起・予期・空想などの「思い浮かべる」意識は二重構造を備える。「思い浮かべられた当の対象像」と、「思い浮かべているに過ぎない」という暗黙の気づきと。夢世界ではこの暗黙の気づきが消滅して、二重構造が一重になる。ゆえに、過去や未来や架空存在を思い浮かべると、「思い浮かべられた当の対象像」だけになってしまう。つまり、それらを「現に知覚し体験している」のと同じことになってしまう。

②現実世界での小説や映画の鑑賞も二重構造の意識を備える。現実ではたとえハリー・ポッターに夢中になっても、「フィクションにすぎない」という暗黙の自覚がなくなることはない。夢では意識構造が一重なので自覚も失われ、ハリー・ポッターとして魔法学校の授業を受けていたりすることになる。

③現実世界での反実仮想が夢世界では現実となる。「もしアメリカに留学していたら今頃外資系で働いていただろうに」という思いは、夢では実際に留学して外資系で働いていることとして実現する。

④ 現実世界での「まるで‥‥かのようだ」は、夢世界では「現に‥‥である」となる。たとえばこの世界をまるで砂を噛むように味気ないと感じていると、夢では砂漠で迷って文字通り砂を噛んでいることになる。

 夢世界の原理を使って分析するとは、上記の4項目によって夢の出来事から現実の出来事を逆に導き出すことに他ならない。夢事例1「T大学そばの二階寝室の夢」でやってみよう。

1)「二階寝室からT大キャンパスを眺めていた。」

夢世界の原理④が使えそうだ。「私はリタイア後の今でも、まるでキャンパスを見下ろしている位置に寝室があるかのようにT大での過去の研究生活を身近に感じている」というのが答えとなる。

2)「それとも階下へ行くべきかと考えた」→「すると、後者の考えが即、現実化し、階下へいった。」

 原理①が使える。すでに夢報告にこの解釈が織り込まれている。「それとも階下へ行くべきかと考え、結局階下へ行くことにして、階下へいった」というのが答えとなる。ちなみに表1で、トイレを寝室内で済ませてしまおうかと考えるのはおかしく思えるが、母が長くひとり暮らしをしていた実家では二階にも簡単なトイレがあり、泊まりに行った際にはどちらを使おうか迷うこともあったのだった。

3)「階下へいった。母が起きていた。」

 原理①より、故人が生きている夢は、単に過去想起が知覚的現実化したとも解釈できるが、この場合は、原理④より、「まるで母が今も生きているかのように」身近に感じている、ということだろう。

4)「すぐ二階へ戻った(考えただけで即、瞬間移動した)。」

 これも2)と同じく、階段を使って二階へ戻ったという事態が、夢世界の原理②によって瞬間移動になっているだけのことである。なお、補足するとこの家は私が高校まで住んでいた古い家で、母が物故して以後は住み手がいず、時々泊まりに行って管理に当たっているのである。

 こうして、夢世界の4つの原理を逆に辿ることで、夢の意味がしだいに顕わになってくる。夢のテクストの背後の「深層のテクスト」が、徐々に姿をあらわしてくるのだ。思いきってまとめると次のようになるかもしれない。

 ー私はリタイアしてかなり経つが、T大学での学究生活をまるで寝室から見下ろせる場所にあるように、今でも身近に感じている。また、母の生前に定期的に泊りにいっていた古い家に行って二階に泊まると、今でもまるで母が階下にいるような気がしている‥‥。

 これが、物語構造分析→異世界分析→現象学的分析によって浮かび上がってきた夢の意味である。夢という表層のテクストの下の「深層のテクスト」である。「心理的現実」である。

 

◇◇◇◇◇参考文献『夢の現象学・入門』(渡辺恒夫著、講談社選書メチエ、2016)
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