アグリッパ・ゆうきの読書日記8『日本共産党vs.部落解放同盟』反差別運動が行き着く隘路と革命運動が行き着く袋小路の共通項

【反差別運動が行き着く隘路と、革命運動が行き着く袋小路の、共通項】

日本共産党vs.部落解放同盟』筆坂 秀世・宮崎 学 (著) (モナド新書) 2010

反差別解放運動にせよ、プロレタリア解放運動(=社会主義革命運動)にせよ、
あらゆる形の解放運動が、現代資本主義社会の繁栄のなかで陥ってゆく落とし穴を、
期せずしてあぶりだすことになっていて、感慨深いものがありました。
 現代の高度資本主義社会は、部落解放運動にせよ、それと理論構造が良く似ている女性解放運動にせよ、あらゆる種類の反差別運動が突きつける諸要求を、平然と呑み込んでさらなる資本主義の発展の肥やしにする程の、受容力を備えているのです。
 ところが、運動の成果が出て差別が解消し始めると、却って慌てるのは運動家や理論家たちです。差別がなくなれば、存在価値を失ってしまうのですから。そんな時、運動家や理論家たちの言う常套句が、「差別が見えにくくなった」です。
 そしてたとえば、本書にも出てくる「自分ら以外はみな差別者」といった、珍理論を入念に仕立てあげることに血眼になって、あげくの果てに理論家同士で「学界」という業界まで作り上げ、業界の存続のために益々、差別されていることを必要とする、という論理の逆立ちが起こるのです。
 評者自身、マイノリティ運動と多少は関わりがあるので、自戒せねばならないと、思ったことでした。

(2015年9月6日)