アグリッパ・ゆうきの読書日記13:極左全体主義勢力と対峙し続けた著者の気概『巨大なる空転 日本の精神科地域処遇はなぜ進まないのか―昭和40年代精神神経学会「混乱」の再検討』

極左全体主義勢力と対峙し続けた著者の気概

『巨大なる空転 日本の精神科地域処遇はなぜ進まないのか―昭和40年代精神神経学会「混乱」の再検討』 中澤 正夫 (著) 風媒社、2017

評者はかねがね日本の地域精神医療体制はなぜこんなに貧しいのかといぶかっていたが、本書で謎が解けた。1970年代初期、当時、新左翼だの全共闘だのと言われて持て囃されていた青年全体主義運動が精神医学会に侵入し、以下に抜粋するような混乱を招来していたからだったのだ‥‥

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 精神神経学会混乱の中で、激しい批判を浴び続けたのは「生活臨床」とその延長上にあった「地域ケア」であった。現在の世界の趨勢を先取りしていた、これらの活動が真っ先に批判されたのである。批判理由は、保健婦や保健所と組んで在宅患者を訪問・援助するのは、「地域保安処分」に他ならない‥‥という理不尽なものであった。「生活臨床」への批判は、二つに分けられる。一つは個人生活「規制」であり、もう一つは「適応論」であるとの決めつけであった。これは、当時西欧でもてはやされた「反精神医学」に由来している。極左急進派は、精神障害を疾患と捉えず、「現社会の理不尽さに抵抗し、挫折した状態」であると主張していた。従って回復像とは、再び戦のバリケートの中に、もどってゆくことである‥‥と主張」(「国家と狂気」精神医全国共闘会議編、田畑書房)していた。(p.117)

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 まったく、精神科医の権威と権力にモノを言わせて患者さんを「バリケートの中にもどってゆく」ような人格に改造するだなんて。究極の全体主義としか言いようがない。

 ■反精神医学についての2021年2月2日の付記

「反精神医学が告発しようとした、精神医学が社会的抑圧の手段として濫用される事態が、反精神医学運動が活発だった西側諸国においてではなく、左翼的な思想が模範としていたはずの旧ソ連ルーマニア、中国等の東側諸国においてむしろ顕著であったことは皮肉である。1970年代から80年代の旧ソ連では、理想的な政治形態とみなされていた共産主義に反抗することは「狂気」の表れと考えられ、不活発型統合失調症(sluggish sschizophrenia)という診断の下に、政治犯の実に1/3が精神病院に強制的に収容され、抗精神病薬の投与などによって「治療」を試みられていたという(van Voren, 2010)」(榊原英輔「精神疾患とは何か:反本質主義の擁護」(『科学基礎論研究』Vol.44:55-75、2017)p.58.