■窪田般弥著『女装の剣士シュヴァリエ・デオンの生涯』(白水社、1995)を遅まきながら一読しました。
シュヴァリエ・デオンものは、アニメ「シュヴァリエ」、斎藤明子作『仮想の騎士』と、今世紀に入ってからのフィクションものに接してきて、もう一つ肝心のデオンの実像がはっきりしないという、不満が残っていました。
で、フランス文学者として以前から名をしっている窪田氏の前世紀末の本格評伝を図書館で見つけて一読。読後感は、深甚なる衝撃、といったところでしょうか。こんな謎めいた妖美な人物が実在したなんて。
もちろんフランスの外交官でしかも国王直属の密偵として女装してロシア宮廷に乗り込み、女帝エリザヴェータに取り入ったのも凄い。でも、若さと美貌があれば何とかなるものです。
だから凄いのはロンドンに全権代理公使として赴任中の中年になって政敵から、本当は女だという噂を流されたこと。竜騎兵隊長の肩書を持ち、いつも軍服でいたし、パリ随一の剣客という評判まであっても、本当は女だと噂を流され、しかも広く信じ込まれるなんて、よほど外見にそのような素質があったのでしょう。
この噂を逆手にとって、49歳の時から自分でも本当は女性だと主張するようになります。当時はロンドンで新任大使との抗争の真っただ中だったのですが、政敵に派遣されてきたボーマルシュもデオンに惚れて、結婚を申し入れたりしたらしい。
でも、持ち前の激情が災いして、せっかくの王室からの有利な年金支給の話も自分でけってしまったし、なによりもフランス革命以後は収入も途絶えてしまった。そこで、女装で剣技を披露して生活の糧としようと、ロンドン随一という評判の、自分より20歳以上若い剣士にスカート姿で挑み、大方の予想を覆して圧勝して見せたりするのです。
けれど、評者がもっとも謎を感じるのは、負傷して剣を取れなくなって貧窮のどん底に落ちて以来、かつての友人の未亡人と同居して82歳まで生きるのですが、死後、医師の手で肉体的に男性だと暴露されるまで、この未亡人も女性だと疑わなかったこと。ふつうは女性を相手に露見されないのは相当困難で、特に長らく同居している場合はまず不可能だと思うのですが、見事にパッシングしおおせたのです。一番の問題は声なのですが、「甘い声」とどこかに書いてあったように、女性的な声だったのかもしれません。そういえば、これはフィクションですが『仮想の騎士』にも「涼やかなアルト」と描写があったし。
25歳までに学位を2つも取るなど文芸の才にも恵まれ
<作業中>