研究日誌(2026/3/23)『意識はどこから生まれてくるのか』ソームズ

■ソームズ『意識はどこから生まれてくるのか』(青土社)より。続き。

「上丘の最しんそうには、眼球運動を制御するマップがあります。このマップは、その上にある他の感覚マップよりも内来敵に安定しています。なぜなら、他のマップはこのマップと比較しながら調整されるからです。こうして、主観的な知覚体験の特徴である統一された「視点」が確立されます。だからこそ、私たちは、毎秒約三回目がどれほど動き回っても、安定した視覚シーンの中で問題なく自分自身を経験することができるのです。この安定した光景はまた、私たちが知覚するものはあくまで光景であり、現実において構築された視点であって、現実そのものではないという事実をほのめかすものです。これが、私たちが自分自身を頭の中で生きているように経験する理由でもあります。(34)」(pp.183-184)

 (34)Merker(2007,p.73)からの引用はこうです。

 「意識的な自己」は単一のものであり、頭の中の鼻梁の後ろに位置する。そこからわれわれは、頭の前にある中身のない単眼の巨大な開口部を通して、目に見える世界に直接対峙しているように思われる(Hering, 1879; Julesz, 1971)。にもかかわらずそれは明らかに単なる外観に過ぎない。なぜなら、文字通りに、かつ現に頭の中に位置づけられるなら、見るときにわれわれが目にするのは世界ではなく、頭蓋骨の前部という解剖学的な組織の内側のはずだからである。単眼の開口部とは、遠位の視覚世界が近位の視覚体の欠落部分を通して「挿入」されるという便利な神経学的フィクションである。これはいわば「頭なし」の状態であり、より正確に言えば、頭の上部を欠いている(Harding,1961)。対照的に体性感覚はこの領域にわたって途切れのない連続体を保っている。世界を見つめるための中身のない開口部は、意識の中でわれわれに与えられた身体と世界を模倣するという性質を裏切るものである。(Merker, B. (2007), Consciousness without a cerebral cortex: a challenge........... Behavioral and Brain Sciences,30: 63-81,

pp.415-416)

■ハーディングが認知神経科学の専門論文に引用されているのは珍しい。15年前にカナダのモントリオールでの学会で発表した時に、ハーディングを引用しているのは珍しいを言われたことを思い出す。