研究日誌(2024/01/09):元農水次官の家の事件再考

■昨年末の記事で紹介した

『「今までありがとう、これからもお願い」: 精神科医療に翻弄された父親の12年の闘い 』(吉村敏男著、Kindle版)

より、特に以下のくだりが印象に残ったので抜粋する。
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 元農水次官が精神病の四十四歳の長男を刺殺するという事件が起きた。なぜ農水次官という職業名が出てくるのかは疑問だが、悲惨な事件だ。
 長男は中学校からいじめを受け、引きこもり状態で家庭内暴力もあった。精神科に通っていて統合失調症アスペルガー症候群と診断され薬物治療を受けていた。妹は兄の存在で縁談が破談となり自殺。その影響で母親はうつ病という環境の中で事件は起きたとされている。
 父親は長男の世話を甲斐甲斐しくしていたが暴力に怯えていた。私と同じような立場だったのだろう。近所の小学校の運動会の声がうるさいと腹を立て「ぶっ殺す」と発言したことから、誰かに危害を加えるのではないかという不安で犯行に至ったとされている。
 私が父親だったら同じことをしていただろう。わが子を殺さなければならない親の悲しみは察するに余りあるが、他人に危害を加えるようならやむを得ない。それが父親の役目と考えるのもうなずける。

 他に方法がなかったのかという声がまた渦巻くが、父親の置かれた環境は悲惨すぎる。いや、精神病患者のいる家庭はどこでもこんな崖っぷちにいる。精神科医は治せず悪化させるだけ。行政はあてにならない。精神科医に無理やり金を積んで入院させて、一生閉じ込めておく以外家族の安泰はない。
 父親は長男が犯罪者になり加害者になることを防いだ。言ってみれば英雄でもある。もし、長男が他人に危害を加えたりすれば「元農水次官がどんな教育をしてきたのか?」と罵る方々が、「他に方法がなかったのか?」という虫がいい。

 精神科の治療がなければこの事件は起きなかった。

(『「今までありがとう、これからもお願い」: 精神科医療に翻弄された父親の12年の闘い 』(pp163-165) 

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 まったく同感だ。

  全く悪びれることなく真っ直ぐ前を見て連行されて行く姿をテレビで拝見し、ああこの人は自分のすべき事をしたのだな、と思ったっけ。
 テレビのコメンターが例によって能天気に、「なぜ行政に相談しなかったのか」なんて発言していたが、この父親は、元次官という行政のトップにあって内幕を知り尽くしていたがゆえに、行政は何の助けにもならないということを知悉していたのに違いないのだ。
 その意味で、元農水次官という職業名が出てくるのは、事件を判断するにあたって重要な材料になる。

 まさに、「他に方法がなかった」のだ。

 精神病の恐ろしさは患者だけでなく家族も確実に巻き添えになることにある。家族支援の重要性を訴えたい。