研究日誌(2023/12/21)統合失調症は脳の心身症!

■『統合失調症のノンアドレナリン説:開けゆく展望』(山本健一著、星和書店、2023)を読む。

第八節 脳も心身症となる(p.289ff)

という小見出しの付いた興味深い節を見つけたので、忘れないうちに肝要な部分を引用しておきたい。

「本書ではこれまで、脳内ノルアドレナリン系はストレスにおける精神的変化を担うシステムであり、過度または長期にわたるストレスによって、この系自体に、その後に残る異常が引き起こされること、またこの脳内ノルアドレナリン系の異常が、多くの精神障害において重要な役割を果たすということもすでに見た。その中でも統合失調症は、ノルアドレナリン系の異常が最も進んだ形と言える。
 生物学的基礎があるということと、心理的原因があるということは、こうして全く矛盾しないのである。」(p.294)

 同感である。40年前、京大教育学研究科臨床心理学研究室に内地留学した時に、当時助教授だった山中康裕先生が、「分裂病(当時の名称)は脳の心身症」と説いていられたことを思い出す。その後、あまり話題にならなかったのは、その後の圧倒的な生物学的精神医学の流れの中で顧みられなくなったのかと思っていたが、こうして40年もたって復活したわけだ。

 脳の心身症説が、長いこと無視されてきたのは、心身症の原因となるストレスなるものが、自然科学の言葉では語りにくいからだと思われる。

以前の記事「研究日誌(2023/10/23)」で紹介した『ストール精神薬理学』にも、統合失調症の神経発達障害説を解説するのに、脳の再構築のエラーをもたらす要因としては遺伝的要因と並んで、累積する環境ストレスの要因があげられ、その例として「幼児期の虐待・いじめ」があがっている。

 けれども、いじめがストレスであることは、いじめを受けている本人にしか分からない主観的世界の出来事だ。
 だからといって、ストレスをストレスホルモンの分泌によって定義しようなどとしたら、それこそ本末転倒だ。ストレスホルモンがストレスホルモンと呼ばれるのは、そのホルモンの活動が盛んな個人が主観的にストレスを訴えるからでしかないのだから。

 そのように、ストレスが主観的体験であるからといって、全く学問的に研究できないわけではない。たとえばいじめならば、いじめを受けている本人に体験を語ってもらい、それを「事例」として記録する。そうして、多数の個人の体験事例を収集して比較考察し、いじめがストレス体験として成立するにあたっての共通の体験構造を抽出する。

 そのような研究手続きの事を現象学的方法という。自然科学とは違うが、現象学的方法を用いる心理学であり、人間科学としての心理学といえる。

 詳しくは『現象学的心理学への招待』(ラングドリッジ著、新曜社、2016)を参照していただきたい。

 

 

 

 

研究日誌(2023/11/7)『遺伝と平等』「統合失調症の脳病態解明の到達点・未到達点」を読んで

■「統合失調症の脳病態解明の到達点・未到達点」(柳下祥・笠井清登)『医学のあゆみ』(Vol.286,2023.8.5)を読む。

 「症候群に対して対症療法として各困難に対する改善を支える生物学的な治療の開発という問題設定は可能である。根治療法的な生物学的治療の模索よりはむしろ現実的であろう。このように考えれば社会モデルは生物学と対立するものではない。むしろ生物学的な研究に新たなフォーカスを与えるといえる。」(p.527)

 「統合失調症は脳の病気」のキャンぺーンをしつこく張り続けてきた統合失調症業界もとうとう、根治療法の生物学的開発はあきらめたか、という気がする。
 無理もないことだ。脳の病気説で頭脳と資金を1世紀にわたって注ぎ続けても、未だに解決点が見えてこないのだから。
 結局、統合失調症という精神病を解明するには、「精神とは何か」解明できなければならないということだろう。

 次に‥‥

■『遺伝と平等』(キャスリン・ペイジ・バーデン著、青木薫訳、新潮社、2023)を読む。

 目についたところを引用するとー

‥‥もちろん、人生はアンフェアだーー人生の長さである寿命まで含めてそうだ。齧歯類やウサギの仲間から霊長類までさまざまな種において、社会的ヒエラルキーの序列が高い者ほど、より長く、より健康な一生を送る。アメリカでは、最富裕層の男性は、最貧困の男性に比べて、平均に15年ほど寿命が長く‥‥(16頁)

 このあと、男性間の寿命格差についての数値の列挙が続くが、女性の方が男性よりも寿命が長いという明白な事実については、何一つ触れていない。女性である著者にとっては、タブーでもあるのだろうか。

 しかしー

 男女平等をめざすのであればいつかは突き当たる問題ではないだろうか。

 現代社会にあって最高の価値が「生きること」であるならば、寿命の享受権に女男でこれほど格差があることの不合理さは、本当は誰もがひそかに自覚していることに違いないから。

 実際、若い男性の間で、短命の方の性に生まれてしまったことのコンプレクス、不幸感が、なにやら蔓延していることを感じたことがあり、びっくりしたものだった。

 今の日本のような経済面などで男女格差の大きい社会では、持ち出しにくい問題かもしれない。けれど、生命の享受権が少なくしか与えられていないことへの無意識的不遇感と被害者感情が、男女格差の解消にとってネックになりつつあるような気がする。いろんな男女格差問題と、並行して取り組むのも一つのやり方ではないだろうか。

 男性の短命さの原因を明らかにして対策を練ることへの、公的な研究計画の策定なども考えられる。「脳の十年」ならぬ、「寿命の女男格差対策の十年」とかを謳って。

 寿命の格差が解消に向かってようやく、私たちは性別による拘束から脱したと言えるのではないだろうか。今世紀の後半には欧米でまず、直面するであろう問題かもしれない。戦争や地球環境問題の深刻化で、それどころでなくなってしまう可能性もあるかもしれないが。

研究日誌(2023/10/23)『ストール精神薬理学エセンシャルズ』より統合失調症の病因について

■『ストール精神薬理学エセンシャルズ:神経科学的基礎と応用Ver.5』(S.H.Stahl, 仙波純一他(訳)、メディカルサイエンスインターナショナル、2022)は、どんな精神医学テキストよりも詳しくてしかもわかりやすいが、1万2千5百円と高価なのが残念なところだ。

 以下に、第4章の統合失調症の病因について書かれたページより引用する。

統合失調症は遺伝的要因(生まれつきの性質)とエピジェネティックな要因(育ち方)の両方の結果として発症すると考えられる。すなわち、多くの遺伝的リスク要因を有している個人が、エピジェネティックな変化をもたらす多くのストレス要因と合併するときに、(シナプスの)結合の障害という形での異常な情報処理、異常な長期増強(LTP)、シナプスの可塑性の低下、不十分なシナプスの強度、神経伝導物質の制御不全、シナプスの競合的除去の異常などが現れる。この結果として、幻覚、妄想、思考障害のような精神症状が出現する。」(p.170、図4-62)

「図4-62.累積する環境的ストレス要因:多数の生活上の出来事←産科の出来事・幼児期の虐待・ウィルスや毒素、マリファナ、外傷体験(例えば、戦争での戦闘)、いじめ」(ibid)

統合失調症の場合に疑われることは、シナプス形成の神経発達過程および脳の再構築が間違ってしまうことである。シナプスは正常では出生から6歳ぐらいまでの間に凄まじい勢いで形成される。脳の再構築は生涯をつうじて起こるが、競合的除去と呼ばれる過程での遅い小児期と思春期の間に最も活発となる。競合的除去およびシナプスの再構築は思春期に達するころからそのおわりまでの間にピークに達する。正常では小児期に存在したシナプスの半分から3分の2だけが大人まで生き残る。精神病の陽性症状の発達(精神病的「破綻」)は競合的除去およびシナプスの再構築がピークを迎えるこの危機的な神経発達期間に続いて起こるので、統合失調症発症の一部の背景としてこれらの過程で考えられる異常に疑いがかけられている。」(pp.172-173)

 

 

研究日誌(2023/9/30)脳は内から世界をつくる(G.ブザーギ著、日経サイエンス

■「脳は内から世界をつくる」(G.ブザーギ 日経サイセンス 2023.10月号、78-85)より、引用する。

 かつて若い講師だったころ、私は医学生向きの講義で、神経生理学を教科書どおりに教えていた。脳がいかに外界を知覚し、身体を制御しているか。眼や耳からの感覚刺激がどのように電気信号に変換され、脳の感覚野に送られて処理され、知覚が生まれるか。そして運動野の神経インパルスが脊髄の神経細胞へいかに指示を出し、筋肉を収縮させることで身体動作が始まるかを熱く語った。
 ほとんどの学生は、脳の入出力メカニズムに関するこの定型的な説明を受け入れた。しかしいつも少数の、とくに賢い学生が答えに困る質問をした。「知覚は脳のどこで起こるのですか?」「運動野の細胞が発火する前に、これから指を動かすことをどこが決めているのですか?」こうした問いを、私は「すべて大脳新皮質で起こります」とやりすごした。そして巧みに話題を変えるか、ラテン語由来の専門用語を使って、権威がありそうな説明でひとまず満足させようとしたのだった。
 他の若い研究者たちと同じように、脳の研究を始めたばかりの私は、この認知と行為に関する理論的な枠組みが本当に正しいかどうか、ほとんど疑っていなかった。長年、自身の研究の進展や、1960年代に「神経科学」という分野の誕生へとつながるめざましい発見の数々に満足していた。しかし、最も優秀な学生たちのもっともな質問に十分に答えられなかったことは、私を悩ませた。私は自分が本当に理解していないことを、人に説明しようとしていたのではないか。
 だが年をへると、この不満を抱えているのは私だけではないことがわかってきた。同僚の研究者たちも(本人が認めるかどうかはとにかく)同じ思いを持っていた。
(‥‥)
私たち神経科学者がここで足を踏み込んだのは「心とはいったいなにか?」という重い問いだ。(p.80)

研究日誌(2023/9/22)『マインド・フィクサー』より(続)

■『マインド・フィクサー』については、研究日誌(2023/9/4)でも引用したが、ようやく読了し、そして結論の末尾に近く、意義深い文章をみつけたので、抜粋しておきたい。

「これまでとは対照的に、新しい精神医学は謙虚さを美徳とし、自分たちが直面している科学的課題がどれほど複雑であるかを認めていく必要があるはずだ。‥‥結局のところ、現在の脳科学では、多くの、いやほとんどの精神活動の生物学的基盤について、まだ理解できていないのだ。」(p.276)

研究日誌(2023/09/19)『統合失調症は治りますか』(池淵恵美)より

■池淵恵美著『統合失調症は治りますか:当事者・家族・支援者の疑問に答える』日本評論社、2022)より、抜粋する。

「Q21 統合失調症という病気は治りますか。

Ans 私が一番残念に思っているのは、「人類がまだ統合失調症を克服できていない」ということです。‥‥精神医学、そして脳の研究はどんどん進んでいますから、それほど遠くない未来によい治療法が出現することに期待したいです。ただ、それは数年先だとか、そんなに近い未来ではなさそうです。‥‥」(p.64)

「‥‥統合失調症に伴う脳の不調には、次のようなものがあります。

①注意を集中したり、出来事を覚えたり、仕事の段取りをつけたりする神経認知機能の障害。

②相手の表情や動作から、気持ちや意図を察したり、おかれている状況を理解した入りする社会認知機能の障害。

③自分自身の感情や状態を理解する自己認識機能の障害。

④‥‥陰性症状

 ‥‥薬物で幻聴がよくなっただけでは元気に生活できるようにならないことが多いのは、この障害があるからです。」(pp.39-40)

 

研究日誌(2023/9/4)『精神科診断に代わるアプローチ PTMF』等を読んで

■『マインド・フィクサー精神疾患の原因はどこにあるのか?』(アン・ハリントン、松本 俊彦/監訳、金剛出版、2022 )を読む。

1963年から始まったアメリカの脱施設化について‥‥

「だが脱施設化による地域が進むと、精神保健・医療システムは患者に対処する能力をもはや失ったように見えた。”州立病院を閉鎖したことで、「責任の所在が地域社会に戻ったわけではないと思います。親に責任が押し付けられたのです!"[123]、”私たちが死んだら、子どもたちはどうなるのでしょうか”[124]、といった、システムの責任放棄やそのリスクの高さを指摘する声が聞かれた。」(p.178)

■『精神科診断に代わるアプローチ PTMF』M.ボイル・L.ジョンストン、北大路書房、2023)より。

「例えば、米国の国立メンタルヘルス研究所(国立精神生成研究所)の元所長であるスティーブン・ハイマン博士は、DSM-5を「完全に間違った、純然たる科学的悪夢」(Belluck & Carey 2013に引用)と表現しています。」(p.11)

「アンチ・スティグマ・キャンペーンでよく使われるスローガンには、「精神疾患は、他の疾患と同じです」というものもあります。/このようなことを言われると、精神科診断と医学的診断が同じプロセスであり、同じ目標と結果があるような印象を受けます。」(p.12)